「AIと著作権に関する考え方」パブコメ結果から、AIに学習させたくない人のすべきことを見つけた

  • 本稿の目的

本稿は、2024(令和6)年1月23日に公表され、意見募集がなされた「AIと著作権に関する考え方について(素案)」につき、その結果(意見に対する回答)が公開されたので、自分の考えたことをまとめる目的で記載する文章である。
本稿は私個人の見解を記載したもので、何らの法的見解や個別の事案への解決策を示すものではなく、引用等を行う場合には十分に裏付けをとったうえで引用等することを強く推奨する。

  • 「AIと著作権に関する考え方」とは

意見募集の「AIと著作権に関する考え方(素案)(概要)」2ページによれば、

著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない行為については、著作物の表現の価値を享受して自己の知的又は精神的欲求を満たすという効用を得ようとする者からの対価回収の機会を損なうものではなく、著作権法が保護しようとしている著作権者の利益を通常害するものではないと考えられます。

との記載がある。私の理解を記載しておくと、著作権法第三十条の四は以下の通り規定されている。

(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
第三十条の四 著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
 著作物の録音、録画その他の利用にる技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合
 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあつては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合

これは何を意味するかというと、この条文が属するセクション(正確には款)を見ればわかるのであるが、

第五款 著作権の制限

著作者は著作物を他者に使用許諾することにより、金銭的な対価を得ることができるが、著作権法では、「権利制限規定」と呼ばれる例外規定が数多く置かれ、一定の例外的な場合には、権利者の了解を得ずに著作物等を利用できるとされている。
権利者の了解を得ずに著作物を利用できるとは極悪非道で絶対に許されるべきでないと考えることもできるが、第五款の規定によれば、「私的利用」「図書館等における複製等」などは、著作権を行使してその利用に関して金銭的な対価を得ることの例外として定められており、自分ひとりがひとりで楽しむ目的、学術的な目的や教育の目的においては金銭的な対価を求めることができるという範囲の例外であるとの規定である。
研究のために図書館で文献の1部コピーをしたり、開くとボロボロ崩れる貴重な資料をスキャンして電子化したり、自分が家で漫画を読んでキャラクターを真似して書いてみたり、家で漫画のセリフを真似して1人芝居をしても、著作者に対する金銭的な対価の支払をしなくてもよい、そういうことである。

その中で、第三十条の四においては、「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」も著作者の許諾を得ずに使用できるとされている。
「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」とは、小説の内容を知りたくて読む・映画の主人公がどうなるか知るために見る・漫画のストーリーを知りたくて読む・好きなアーティストの新しい音楽を聴いて感動したいので聴く、そういった使用でない、つまり単にデータとして取り込む機械学習のようなことを想定している。

なぜこのような機械学習ドンピシャの条文があるかというと、現状の与党である自民党がAIについて強力に推進しているからである。
皆様は覚えているだろうか。OpenAIが欧州で袋叩きにされ、イタリアではchatGPT使用が禁止(後に改善され使用禁止は解除)され、米国では訴訟が多数提起され、米国の俳優や作家の組合がOpenAIを凄まじく批判していた時に、サム・アルトマンが来日し、自民党の本部会合にスーツで現れ講演を行ったことを。
Metaが過去最高額の12億ユーロの制裁金を課され、従前のビジネスの構造を否定され、主財源である広告を潰されたりしている状況で、ザッカーバーグが来日し、岸田首相とAIについて意見交換を行ったことを。
人も資源もない島国に残された新しい技術に自民党が必死になるもの大変わかるところである、そういった思惑もあり、この条文は変更されることなく法として存在している。

当然、著作権法改正時(2018年)にも批判はあったが、AIを活用するという観点からは著作権の例外とするしかない、というスタンスは変更されていない。
しかしながら画像生成AIの台頭により凄まじい論争が巻き起こり、国として法律改正は難しく、一定の法解釈を示すしかないという状況で、法律をどう解釈するか、ということについて国の考えについて素案がまとめられ、意見募集がなされたのである。

意見募集、と記載したが、正しくは意見公募手続(一般にパブリックコメント募集、パブコメ募集と言われる)である。パブコメ募集により、何が起こるかというと、意見を送ったことについて国が回答してくれるのである。
この法律どう思いますか?というざっくりした意見公募手続は国にも国民にも損しかないので、考え方をまとめた文書が国から公開され、それを前提として、その法律に関係のある主体が意見を出して、その文書に具体例をもっと書いて欲しいとかぼんやりしすぎてよく分からないので明確にして欲しい、ということからそもそも法律からそういう解釈をすることができないはずだから間違っている、などの意見に対して管轄省庁などが"ご指摘の通りなので文書に追記しました"とか"今回はそういう話してないです"とか"確かにわかりにくいので明確にしてみました"など回答をする、というものである。

法律の条文を変更することはかなりの手間がかかることである。法律には"詳細は政令による"などと記載され、細かいことは法律の条文に規定せず具体的なことは今回のように"考え方"や"ガイドライン"などに定めることとなっている。考え方やガイドラインという名前だから法律ではなく守らなくていいのでは?と思ってしまうが、法律により指定されたものであるので、法律である。

蛇足だが、今回の素案をまとめる主体は文化庁著作権課であるが、文部科学省の官僚や知的財産を得意とする事務所から出向している弁護士などによりまとめられているのが実態であるようである。仄聞であるから、根拠を示せと言われてもできない。

個人の意見については、論ずるに値しないもの(そもそもAIは全面規制すべき、AIは免許制にすべき)などもある。
法人の意見について同様のものがないとは言い切れないが、法人には当該素案は、概ね好意的または前向きに捉えられているようであった。
また、いくつかの意見については、本当によく資料を読み込んだうえで、自社や自身の利益などを考慮し、なされたものであることが読み取れた。
もし自社で意見を出すことがあれば、お手本にしたいものであるという意見もいくつかあった。

他の法律で解決できることです、と回答されている例
有効な意見であるということで、記載が文化庁により足されたり修正された例
富士通以外は有効な意見であるとされている例

パブコメ結果を見ていて気になったのが、以下の回答である。

絶対にAIに学習させたくない!と考える人たちのために仕組みづくりが必要であるとする意見に対して、文化庁は以下のように回答している。

本考え方では、AI学習のための複製等を防止する為の技術的な措置をとることは自由に可能であること、また、権利者が情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物を販売している場合は、これをAI学習目的で複製する行為は法第30条の4ただし書に該当し得ること等が確認されています。
なお、この点に関しては、本ただし書の適用範囲が明確となることに資するよう、robots.txtでのアクセス制限において必要となるクローラの名称(User-agent)等の情報が事業者から権利者等の関係者に対して適切に提供されること、また、特定のウェブサイト内のデータを含み情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が現在販売されていること及び将来販売される予定があること等の情報が、権利者から事業者等の関係者に対して適切に提供されることにより、クローラによりAI学習データの収集を行おうとするAI開発事業者及びAIサービス提供事業者においてこれらの事情を適切に認識できるような状態が実現されることが望ましいと考えられます。

以下、文化庁の回答について書き下していく。なお、重複の注意書きとはなるが、下記記載については私個人の見解であり、文化庁の回答・その趣旨と一致することを保証しない。取り扱いには十二分に留意されたい。

本考え方では、AI学習のための複製等を防止する為の技術的な措置をとることは自由に可能であること、また、権利者が情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物を販売している場合は、これをAI学習目的で複製する行為は法第30条の4ただし書に該当し得ること等が確認されています。

この文章には2つの要素、
①AI学習のための複製等を防止する為の技術的な措置をとることは自由に可能であること
②権利者が情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物を販売している場合
により、
「これをAI学習目的で複製する行為は法第30条の4ただし書に該当し得ること等が確認されてい」るとの記載がある。

①AI学習のための複製等を防止する為の技術的な措置をとることは自由に可能であること
については、本当に何を言っているかわからなかったので、「AIと著作権に関する考え方(素案)令和6年2月29日時点版(見え消し)」を参照した。
以下の通り記載があった。

○ このような権利制限規定一般についての立法趣旨、及び法第30条の4の立法趣旨からすると、著作権者が反対の意思を示していることそれ自体をもって、権利制限規定の対象から除外されると解釈することは困難である。そのため、こうした意思表示があることのみをもって、法第30条の4ただし書に該当するとは考えられない。
○ 他方で、AI学習のための著作物の複製等を防止するための、機械可読な方法による技術的な措置としては、現時点において既に広く行われているものが見受けられる。こうした措置をとることについては、著作権法上、特段の制限は設けられておらず、権利者やウェブサイトの管理者の判断によって自由に行うことが可能である。
(例)ウェブサイト内のファイル”robots.txt”への記述によって、AI学習のための複製を行うクローラによるウェブサイト内へのアクセスを制限する措置
(例)ID・パスワード等を用いた認証によって、AI学習のための複製を行うクローラによるウェブサイト内へのアクセスを制限する措置

ただ単に、著作権者が嫌だと言っているだけだと、それだけで法律に定められたことの対象外になることはないと明記してあり、一定の人々はこれだけで怒り狂えそうだが、怒り狂うことよりも次が重要である。
この分野に全然明るくないので、クローリングを防ぎたければ、何らかファイルに記載したり、認証をかけることによって防止できるということを知った。
IDとパスワードを設定した場所に置くだけでもよいということが記載されている。
これらのクローリングを防ぐような措置をとることは、著作権者やサイトの管理者の判断で行うことができる、別にそれ著作権法違反じゃないし、ということが確認されている。
ちなみにこの箇所は、意見募集前の素案と変更がないようである。

②権利者が情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物を販売している場合
については、

○ このような技術的な措置は、あるウェブサイト内に掲載されている多数のデータを集積して、情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物として販売する際に、当該データベースの販売市場との競合を生じさせないために講じられていると評価し得る例がある(データベースの販売に伴う措置、又は販売の準備行為としての措置)。

①のような措置をとるのはなぜか?ということを考えた時に、サイト内の情報を使ってデータベースの著作物として販売したいと考えているから、と判断できるケースがあるからである、という理由が記載されている。
ちなみに、具体的なケースとしては米国・英国・ドイツにおいてメディア(The New York Times, Financial Times, The Guardian, Axel Springer)が①のような措置をとったうえでAPI提供やライセンス契約を締結しているケースが脚注内に記載されている。
すなわち、データベースを販売したり使用許諾したりするでしょう!という判断ができればよいということである。
この箇所についても、意見募集前の素案と変更がないようである。


①②を満たしたうえで、「これをAI学習目的で複製する行為は法第30条の4ただし書に該当し得ること等が確認されてい」る、についてである。
まず、法第30条の4ただし書については、以下である。(太字については筆者による加工)

(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
第三十条の四 著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。

冒頭で述べたように、著作権法第三十条の四は「著作者の了解なく著作物等を利用していい」という著作権法の例外である。
この規定にも、例外があり(つまり例外の例外)「著作権者の利益を不当に害することとなる」場合は、著作者の了解が必要となるということである。

※話はずれるが、著作者は「著作物を創作する者」、著作権者は「著作権を有する者」であり、大体一致するが、財産権としての著作権は、譲渡や相続することができるので一致しないこともある。文豪とか画家の遺族は著作権者だけど、著作者ではないと言えばわかりやすいかも。

結論としては、以下の通り素案に記載がある。

○ そのため、AI学習のための著作物の複製等を防止する技術的な措置が講じられており、かつ、このような措置が講じられていることや、過去の実績(情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物の作成実績や、そのライセンス取引に関する実績等)といった事実から、当該ウェブサイト内のデータを含み、情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が将来販売される予定があることが推認される場合には、この措置を回避して、クローラにより当該ウェブサイト内に掲載されている多数のデータを収集することにより、AI学習のために当該データベースの著作物の複製等をする行為は、当該データベースの著作物の将来における潜在的販路を阻害する行為として、本ただし書に該当し、法第30条の4による権利制限の対象とはならないことが考えられる。

すごく大雑把にまとめてしまうと、
IDとパスをかけている場所においてある絵の下に「この絵を用いてデータベースを作成予定です。当該データベースは販売またはライセンス予定です」と書いておけば、
勝手にAIに学習させることはできず、されたとしても著作権侵害を主張することができるということである。

それなりの措置を講じて簡単に収集のうえ複製できてしまうような状況を放置せず、またそのデータを販売したりライセンスする予定があることを記載しておけば"いや売る予定があるのに勝手に複製したのあなたですよね?"と言うことができる、そういうことである。

  • 感想

AIと著作権に関する考え方について(素案) をきちんと2024年1月の時点で読み込んでいれば、AIに学習させたくない人のすべきことが分かっていたはずである。なぜなら、AIに学習させたくない人についての記載は追記はされているものの、削除はされておらず、そのままとなっているからである。
オッ!パブコメ募集してるな!程度の認識であったため、回答が出た時点でそれに気づくという間抜けなことをする羽目になった。

私個人は、絵を描くし、楽器も弾くし、俳句などもつくって発表しているが、AIにどんどん喰わせてしまって結構であると考えている。
AIは人間からすると驚異的なスピードで学習をしてそれっぽい成果を出してくれる。
人間はAIに比べればゆっくりではあるが、だれかの真似をすることから始めて自分の作品を作り出し、作品を複数作り出すことでそれに共通するオリジナリティを編み出すことができる。
画像生成AIを憎む人は、一度使用してみるといいと思う。まずは敵を知るべきであるから、ということもあるが人間に遠く及ばないような画像をアウトプットしてくることの方が多いからである。もちろん、凄まじく美しい画像をアウトプットすることもあるが、熟練の技術がなければ凄まじく美しい画像をアウトプットすることはできない、ということを何度か触ることで思い知ることができる。

画像生成AIに対する非常に感情的な反感についての私見は以下の通りである。



  • 雑記

パブコメ回答を見ながら、AI学習禁止…技術的措置…ライセンス予定…なんかこの事案みたことある気がする~X(formerly Twitter)で見た気がする~話題になってた気がする~~と思っていて、検索した。
答えは読売新聞オンラインの会員規約(7条を参照されたい)である。
www.yomiuri.co.jp

第7条 禁止事項等
 8.生成AI等(人工知能、検索拡張生成、RPA、ロボット、プログラム、ソフトウェアを含みますが、これらに限られません。以下同じ)に学習させる行為(検索等の利用により検索エンジンの生成AI等が結果的に学習することとなる行為を含みますが、これらに限られません)または生成AI等を開発する行為

2.本サービスを情報解析(前項第6号から第8号までの禁止行為を含みます)のために利用することはできません。利用者がこれを希望する場合には、当社と別途ライセンス契約を締結する必要があります。

今回のAI学習をさせないための条件を満たす記載がばっちりなされている。
新聞記事が学習されると、新聞社にとって大変なことになるのは誰の目にも明らかである。

そしてさらに面白いのが、この利用規約改定お知らせの日付である。
www.yomiuri.co.jp




2024年1月25日



「AIと著作権に関する考え方について(素案)」につき、意見募集を開始した2024(令和6)年1月23日の2日後である。
意見に対する回答がどうなるかもわからない状況で、素案を読み込み、記載事実を正確に把握したうえで、対応を社内協議し、適切な変更後の規約を作成し、社内稟議を回し、サイトに反映させ、お知らせをつくる、という作業を2日で終わらせた読売新聞、タダ者ではない。