ストーカーに訴えられた話(後)

本稿では、法律(裁判所規則等含む、以下同じ)に定めのあることと、

私の主観を峻別したいと考えている。そのため読みにくい部分もあると思うが、ご容赦いただきたい。

※で示す部分は法律に定めのあること、及び裁判所実務手続きに関することとしたい。

 

訴状が届いたのは、友人と一緒に自宅に荷物を取りに来ていた時だった。

裁判所からの訴状は「特別送達」という郵便で送達がなされる。

この時ほど、大学の授業で民事訴訟法をとっていて良かったと思ったことはない。

ストーカーからの訴状は当然に受け取りたくないものであったが、正当な理由なく訴状の受け取りを拒むことはできず、相手の請求をそのまま呑むのも馬鹿らしいので受け取った。

※訴状を「受け取らない」と拒否した場合には、受け取ったものとして裁判が進行する。(民事訴訟法第106条第3項、差置送達)

 

訴状から、京都簡易裁判所による送達であること、原告はストーカーであること、ストーカーには代理人がついていないこと、私はストーカーから書籍を借りたことになっていること、が読み取れた。

訴訟の類型としては少額訴訟だった。

少額訴訟は、60万円以下の金銭の支払いを求める場合に限って利用することができる簡易裁判所における特別の訴訟手続きのこと。(民事訴訟法第368条第1項)

 

訴状の内容としては、

「以前貸した本は、貸すつもりであった期間を大幅に過ぎて返却された。そのため、その期間中に被告(つまり私)は不当利得を得たこととなり、これについて金銭による賠償を求めるものである。」

「そもそも被告は、原告(ストーカー)のことをストーカー呼ばわりしてみたり、虎屋羊羹を買えと言ったり、ショーメの900万する指輪を買えなどと言ってくる大変ひどい女である。そして本はゆうパックで返却され、このような対応は信義則上、許されるものではない」

訴状は2つ目の論点、私がいかにひどい女であるかに14ページ近く割かれていた。

そして訴額は驚きの安さ、5,700円であった。

 

しかし、私はあることに気がついた。少額訴訟であるから、必ず一度は簡易裁判所に出向き審理を行わなければならない。

少額訴訟は、一回の期日で審理を終えて、即日判決となる。(民事訴訟法第370条第1項、同法第374条第1項)

近づくな、と言ったものの少額訴訟という手続きさえとれば、法廷に私が行かなくてはならないのだ。

現在の私なら「使用貸借契約が成立してたかどうかのみが論点、立証責任はこの場合原告にあるから私は否定すればいいだけじゃん」で終わることだが、それは当時の私にとっては、大変な恐怖だった。

 

期日、裁判所に足を踏み入れた時、本当に死ぬほど怖かった。

刻々と迫る期日に、ストーカーに会わなければならないという事実に、脳が耐えられなくなったかどうかは分からないが、私は昏倒した。

裁判所の医務室に運び込まれ、裁判所医師は白衣に裁判所のマークがついていることなど、余計な知識を手に入れた。

 

2時間ほど横になり、男性の裁判所書記官2名に付き添われて裁判所の裏口から出てバス停まで送っていただいた。その際に、書記官の方が手続きは書面で行えば十分であること、電話にて相談を受けることを伝えてくださった。

 

本来ならば、一度の期日で終了するはずだが事情が事情なので第2回期日が設定された。(記憶が正しければ、期日の延長、とおっしゃられていた気がする。)

そして第2回期日は、私が再び昏倒しないように、友人が代わりに出席をしてくれると申し出てくれた。

そして期日、原告(ストーカー)の主張は棄却された。

(棄却とは、訴えの内容を審理した後にそれを退けること。却下とは違う。)

 

判決を見ると、

「いわゆる使用貸借契約の成立については、証拠がないので成立しているとは言えない」こと、

「原告にはいろいろ解釈があるようだが、いずれも採用できない」ことが書いてあった。

 

要約すると短くて、大したことのない話に思えてくる。

けれど、学生の頃の私は民事訴訟法を必死に紐解いて少額訴訟、裁判所の手続きについて学んだ。

ストーカーが訴えてきた、ということは一見可笑しくて何だかネタにできそうなものだけれど、期日に出席しなければならないことを考えるとそこまで笑えることでもないのかもしれない。

 

京都簡易裁判所の書記官2名については、大変に感謝をしている。

現在の仕事においても書記官の働きには頭が下がる思いである。

 

最後に、これは私の体験談であって何ら法的な見解を示すものではないことをことわっておきたい。